専業主婦としての生活が長かった大庭さんですが、東日本大震災でのボランティアをきっかけに「看護師として活躍したい」という思いが高まり、22年ものブランクを乗り越えて在宅医療の現場に飛び込むことを決意しました。仙台市内の訪問看護ステーションで訪問看護師として働く大庭さんに、復職に至るまでの経緯を伺いました。

大庭さんは、22年のブランクを経て訪問看護師として再就職されたそうですね。

 仙台の看護学校を出て市内の病院に就職し、神経内科・脳神経外科病棟で勤務していました。救急指定病院だったこともあり、業務量が多くとても忙しい毎日だったことを覚えています。そこで7年ほど働いて、結婚を機に退職しました。すぐに子供を授かったのですが、その子が2歳のときに大病を患い、10カ月ほど入院。その後も10年くらいは通院治療を続けていたため、患者家族の立場では医療に接してきましたが、自分が看護師として復職しようと考えられる状況ではなかったですね。その子供も元気になり、大学生になった頃からは何かしようという気持ちが芽生えていたのですが、看護の資格を生かした仕事が本当に勤まるかどうか自信がなかったので、まわりには黙っていました。

 そんな私の転機となったのが、東日本大震災でした。知り合いが亡くなったことや、医療職の夫が八面六臂の活躍をしているのを目の当たりにして、自分も何か役に立ちたいという気持ちに衝き動かされたのです。さっそく被災地のボランティアに参加したのですが、ひたすら体育館で雑巾を縫うことになりました。ブランクが長く技術に自信がなかったため、医療職としてのボランティアに参加できなかったのです。もちろん雑巾は必要ですが、看護師の資格が生かせればもっと必要とされる仕事ができたかもしれない。そんな苦いような悔しいような気持ちが、「看護師として活躍したい」という気持ちを図らずも鼓舞することになりました。

 震災から2年ほどたって生活が落ち着いた頃、子供と同じタイミングで私も就職活動をスタート。50歳を目前にしてブランク22年という厳しい条件ではありましたが、看護の道に戻るならこれが最後のチャンスだと思い切ってチャレンジしました。あと10年は働ける、10年あるんだったらちゃんと働こうという気持ちでした。

再就職先として訪問看護の世界を選んだのはなぜですか。

 友人に相談したりインターネットやハローワークで情報を探したりと試行錯誤したのですが、「何かを身につけないと入っていけないな」と思い、最終的にはナースセンターに登録して看護協会の復職支援研修に参加することになりました。座学に加えて3日間の病院実習があるプログラムで、最新の医療情勢や看護技術について学べたことはもちろん、同じように復職を目指す幅広い年代の方と知り合えたことが心強かったですね。再就職先を考えたとき、何となく「なじめそうだな」と感じたのが、研修で触れた訪問看護という仕事でした。自宅で子供の看病をずっとしてきた自身の経験が生かせる場所は、病院よりも家庭だと感じたのです。また父が癌で亡くなった時に「家に帰りたい」と言っていたのに、願いをかなえてあげられなかった苦い思いもありました。車でいろいろな場所に動き回って働くというのも、新鮮で魅力的でした。

 そういうわけで自宅に近い訪問看護ステーションを見学したのですが、そこは数少ない看護師が息つく間もなく業務に忙殺されている現場で、即戦力にならない私はまったく必要とされていないことがすぐに分かりました。自信喪失してナースセンターに相談したところ、「ここはしっかり教育してくれるから」と当ステーションを紹介してもらいました。

 そこからはとんとん拍子に話が進み、パートタイムとして採用決定。所長と相談した結果、まずは週2回勤務でスタートすることになりました。週4回を覚悟していたので、「それでもいいの?」と思ったのですが、所長が「最初からそんなにがんばらなくてもいいから」と言って下さって。同行訪問で徐々に現場を学びつつ必要な手技を確認していき、一人で訪問できるようになる頃には半年近い時間が流れていたと思います。根気強く指導を続けてくれた先輩スタッフの皆さんには、感謝してもしきれません。スタッフ同士が仲良く一致団結している当ステーションでなければ、仕事を続けられなかったと思います。

現在の仕事内容や、訪問看護師としてのやりがいについて教えてください。

 復職して3年目となる現在は、週に3日のペースで勤務しています。1日に2~3件のご家庭を訪問して、ステーションに戻ってミーティングに参加し、17時頃に終業というスケジュールです。最初は「療養上の世話」のみだったのが、現在では「診療の補助」に当たる吸引や摘便、静脈注射や導尿なども行っています。決まった訪問時間をオーバーしないよう迅速かつ正確にケアを済ませることも、最近になってようやくできるようになってきました。

 病院と違い、訪問看護では毎日のように特定の手技が必要とされることはありません。だからこそ、短期間で多くのことを学ぼうと焦らないことが大切だと思います。私の場合は、1年間で1つの技術を習得するのが目標。今できることを最大限行う、その時々で求められたことを一つひとつ解決していこうという姿勢で、長期的に学び続けることを意識しています。私は訪問看護師としてはまだまだ0.7人前くらいだと感じていますが、いずれは自分で利用者をアセスメントし、ケアを組み立てていく実践的な力を養っていきたいです。

 訪問看護では、利用者を家族のように気にかけて、「入浴してさっぱりした」「薬をちゃんと飲めた」といった小さな、しかし大切な喜びを共有します。これは、私が家庭で果たしてきた役割と重なるところがあり、懐かしい感覚でもありました。一方で、訪問看護師は利用者の人生の最期に立ち会うことも少なくありません。その人にとって最もよいかたちで「人生を閉じる」ためのお手伝いをすべく、看護師として何ができるかをいつも自問自答しています。

これから復職を目指す看護職の皆さんにメッセージをお願いします。

 私が働き始めたときに不安だったのが、年齢と経験のギャップです。私くらいの年齢であれば、ほとんどの人にベテランだと思われるでしょうが、実際には新人であるという事実は変わりません。だからこそ、利用者に余計な不安感を抱かせないよう、十分に予習してから落ち着いて現場に向かうように心がけています。どんなにバタバタしていても、利用者のご自宅の前で深呼吸して、「よし!」と気合を入れてから呼び鈴を鳴らしています。

 最初は不安だらけの状態で復職した私ですが、思い切って挑戦してみて本当によかったと思います。就職活動中に「看護職にこだわらなくてもいいかな…」と弱気になったこともありましたが、震災時のボランティアで感じたことを思い出して自分を叱咤激励しました。仕事を持つことは、それだけでも大きな充実感をもたらしてくれます。さらに、看護師として復職できたことは、私にとってこの上なく誇らしいことで、人生の重要なターニングポイントになりました。これから復職を目指す皆さんにも、「できない理由」に目を向けるのではなく、自分が本当にやりたいことを貫く勇気を忘れないでほしいと思います。

訪問看護には看護の原点があるのです

所長 及川真喜子さん

 「よその訪問看護ステーションを見学して少しへこんでるみたいだけど、そちらでどうですか」と宮城県ナースセンターから大庭さんを紹介され、会ってみるととても素直な方で、「育ててみよう」と思いました。

 訪問看護の世界は従来、既に十分なキャリアを積んだ看護師を中心に受け入れることが多かったといえます。しかし2025年問題を間近に控えた今、訪問看護師を増やして地域医療を支えるためには、教育システムを整備して新卒の方やブランクがある方を一人前に育てることが強く求められています。当ステーションでは3年ほど前、ちょうど大庭さんを迎えたころから新人育成プログラムの策定に着手していました。その後、大庭さんに対する研修プログラムを具体的に検討しながら教育体制を充実させていき、現在では完成したプログラムで新人を育成し始めて2年目に入っています。

 ブランクの長かった大庭さんに対しては、まずは「できる/できない」を考えるのではなく、徹底的に現場に触れてもらうことを重視して、数カ月にわたって同行訪問を行いました。最も苦労したのは、初めて単独訪問するときの利用者の選定ですね。熟考の末、まずは慢性期の落ち着いた方で経験を積んでもらおうということで、主に状態観察だけの認知症の利用者を担当してもらいました。

 その後、訪問時に必要とされる主要手技の吸引や摘便、静脈注射、導尿を順次マスターし、利用者の状態を見て適切なケアを実施できるようになるまで、年単位で時間がかかったと思います。訪問看護では現場に医師や頼れる先輩がいるわけではありませんから、焦らず時間をかけて教育を行い、本人が自信を持てるようになってから現場に送り出すことが欠かせません。まさに「急がば回れ」なのです。大庭さんは年齢と経験のギャップを気にしていますが、そんなことを利用者さんは感じていないでしょう。

 現在、当ステーションには、潜在看護職の復職研修を経て入職したスタッフや、子育てをしながらパートタイムで働くスタッフなども在籍しています。経歴も経験も様々ですが、共通する教育のポイントは、できないことに注目するのではなく、できることを伸ばすこと。ステーション内でも定期的に研修会や勉強会を開いて、新人であろうとベテランであろうと学び続けることを大切にしています。勉強熱心で素直な性格の大庭さんがブランクを乗り越えて成長してくれたことは、他のスタッフにも大きな影響を与えており、今では大場さんは誰もが認める存在です。

 訪問看護の世界には、看護の原点があります。「食べる」「排泄する」「寝る」といった生きるために必須の人間の営みを支援し、利用者の生きようとする力を助けるのです。モニター類を見るのではなく、その人自身に向き合うことが求められます。人間が好きで、そして「病気の〇〇さん」ではなく「〇〇さんが今、たまたま病気にかかっている」という意識を持ちながら命を守る、生活を守るのが、訪問看護の醍醐味です。

 きちんと育てる意識があるステーションであれば、どんな経歴の方であっても訪問看護師として活躍できるチャンスがありますから、復職の際には選択肢の一つに入れてもらえるとうれしいです。

公益社団法人宮城県看護協会
青葉訪問看護ステーション

宮城県仙台市青葉区柏木2-3-23 TEL 022-219-1093
http://www.miyagi-kango.or.jp/station/stationmap/aoba.html

宮城県看護協会の
・潜在看護職員復職研修
こちら
・「訪問看護eラーニング」を活用した訪問看護師養成講習会こちら

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