病院や診療所で働く多くの看護職にとって、介護施設での働き方はなかなかイメージできないようです。介護職と連携しながら行う「暮らしの中の看護」とは、どのようなものなのでしょうか。
社会福祉法人えがりて(埼玉県鴻巣市)が運営する特別養護老人ホーム吹上苑で、介護施設で働く看護職がどのような役割を担い、どのようなやりがいを感じながら働いているのかをうかがいました。

 特別養護老人ホーム(特養)とは、介護が必要な高齢者が「自律的な日常生活を営む」ことを支援する場所。施設により細かい条件は異なりますが、入居するのは原則として要介護度3以上かつ65歳以上で、多くの場合、長期入院を必要としない方、急性疾患を持たない方を受け入れています。
 支援は介護サービスや生活支援サービスの提供が中心となりますが、レクリエーションなどを行うことも多く、入居者が安心して快適で楽しい生活を送れる場となっています。また、特養は長期入所が可能であり、看取りに対応している場合は施設で最期を迎えるケースも少なくありません。

特別養護老人ホーム
 吹上苑

埼玉県鴻巣市下忍4461
http://www.egarite.or.jp/

 今回取材した社会福祉法人えがりては、埼玉県看護協会が運営に参画する(1997年に埼玉県の要請を受けて運営を引き継ぎ)という全国的にも珍しい形態を取っています。特別養護老人ホーム(従来型:多床室)やユニット型特別養護老人ホーム(個室)のほか、ショートステイ、デイサービス、居宅介護支援事務所、地域包括支援センターを擁する総合的な介護施設を中心に、近隣に地域密着型デイサービスを展開し、幅広く地域に根差したケアを提供しています。

 特別養護老人ホーム吹上苑では、従来型・ユニット型合わせて100人弱の入居者に対し、74人のケアワーカーと8人の看護職(常勤5人、パートタイム3人)でケアを担当しています。連携する配置医は週に1回の回診が基本ですが、夜間の急変などにも柔軟に対応してくれます。常勤の看護職は早番(8:00~17:00)、遅番(10:30~19:30)、オンコールでシフトを組んでいます。

 具体的な看護業務としては、必要な時に医療的な介入を行う他に、バイタルサインのチェック、食事介助、入浴補助、福祉器具を使った機能訓練なども適宜行います。積極的に医療的な介入をするというよりは、入居者とご家族の希望に沿いながら、できるだけ苦痛がないように過ごしてもらうというのが基本的な考え方。看護職を含む特養のスタッフは、医療施設とはまた違ったかたちで、穏やかな老後を支援する役割を担っているのです。

施設長 関口敬子さんに聞く
看取り介護で中心的な役割を果たすのが看護職です

 介護施設で利用者を支えていくためには、多職種が上手に連携することが重要です。看護職同士はもちろん、医師、ケアワーカー、相談員、介護支援専門員、栄養士らと「顔の見える関係」を築く必要があります。

 中でも、看護職と介護職が手を取り合って協働することは欠かせません。例えば、食事介助は介護職が行うことが多いですが、嚥下機能が低下していて誤嚥リスクの高い利用者については看護職が担当するといった具合です。看護の視点によるアセスメントや看護技術を駆使して、介護職から「困ったときは看護職を頼っていい」という信頼を寄せてもらえるようになることが肝要です。このような信頼関係を築くことが、的確な情報共有にもつながっていきます。一方、利用者の生活に密着している介護職からの情報が、看護に役立つこともよくあります。看護職と介護職は、お互いがお互いを必要としながら、利用者のために働いているのです。

 吹上苑で特に力を入れているのが「看取り介護」です。穏やかな看取りを実現するため、入居時からご本人やご家族と話し合いを重ねていきます。ご希望によっては医療施設への搬送や延命処置も行いますが、多くの方が吹上苑で自然に最期を迎えたいとおっしゃいます。看取りの時期が近付いたと判断されたら、あらためてご家族を交えて多職種カンファレンスを行い、看取り介護計画を作成します。

 年に20人ほどの方が吹上苑内で亡くなっていますが、こうした看取り介護チームにおいて中心的な役割を果たすのは看護職です。特養では看護職の活躍する場面が少ないと思われがちですが、それは大きな誤解。看護職が介護職などと連携しながら高度な「暮らしの中の看護」を実践し、穏やかな看取りにつなげていくことは、ケアに携わる者としての大きな醍醐味です。そこでは病院とは違う姿勢、先に考えて動くより、何か起きたらその場で考えるという姿勢が大切かも知れません。

吹上苑の看護職に聞く
ゆったりと時間が流れる特養で「看護観」が変わりました

 吹上苑の特養で働く看護職の小林さん(統括リーダー)、小倉さん、星さん、佐伯さんは、いずれも他の医療施設で経験を積んでから、吹上苑で初めて介護の現場に足を踏み入れました。吹上苑で働くようになって、皆さんの看護観がどのように変化していったのか、お話をうかがいました。

皆さんはどのような経緯で吹上苑で働くようになったのでしょうか。

小林さん

小林 私は15歳の頃から看護職にあこがれて、個人の医院に住み込みで働きながら准看護師の資格を取りました。20歳で結婚してからも、総合病院でパートタイムとして働いていたのですが、36歳のときに専門学校に通って看護師資格を取りました。多くの診療科で経験を積みましたが、じっくりと高齢者に関わって社会貢献したいという気持ちが芽生え、介護の世界に飛び込むことにしたのです。

小倉さん

小倉 私は40歳を過ぎてから看護補助者として病院で働き出しましたが、そこの看護師長さんに勧められて准看護師資格を取りました。内科、外科、救急外来などを担当してきましたが、こちらへ引っ越してきて小林さんに声をかけていただき、吹上苑で働くことになりました。私自身も年齢を重ねていたので、「老後の生き方」というものに興味がありました。

 私は総合病院の看護師として様々な科を経験した後、夫の転勤でこちらに引っ越してきました。吹上苑を知ったのは友人からの紹介がきっかけでした。介護施設で働くのは初めてでしたが、「看取り」に力を入れていると聞き、未知の領域にも挑戦してみたいと考えました。

佐伯 私は急性期病院の内科病棟で4年間働いて結婚を機に退職し、それから3人の子どもの母親となりました。一番下の子が幼稚園に入ったのをきっかけに再就業を考えたのですが、ブランクが10年以上もあるのでとても不安でした。そうした折、吹上苑の求人広告を見て、どんな仕事か興味を引かれて電話してみたのです。「子どもが急に熱を出してもお休みを取りやすい環境だから」と施設長から勧めていただき、ここで働くことを決心しました。

それまで医療施設で行ってきた看護とはどのような違いを感じましたか?

星さん

 病院では「病気や障害を治す」ことが一番の目的になります。しかし、ここでは食事が摂れなくなった利用者でも、経管栄養を行うとは限りません。初めの頃は「どうして治療しないの?」と疑問を感じることもありましたが、「食べられないのは、寿命が近付いて体が受け入れなくなってきているから」という話を先輩方から聞き、少しずつその意味が理解できるようになりましたね。

佐伯 確かに吹上苑では、ご本人やご家族の希望がない限りは、点滴なども行わないことが多いですよね。病院で患者が最期を迎えるときは、人工呼吸器など何かしらのチューブがつながっていることがほとんどです。それが常識だと思っていたので、ここで働くようになって驚きはありました。いわゆる延命処置を行うことがすべてではないというのは、介護施設で働くことで得られた新たな視点でした。

小倉 ここへ来て本当にびっくりしたのが、いつ息を引き取ったのか分からないくらい苦痛のない最期が存在するということ。「幸福な死というものがあるとしたら、こういうことなのかな……」と涙が出るくらい感動しました。穏やかな最期の時をご一緒し、看取るという営みは、看護職としても力の尽くしがいのあることだと思います。

佐伯さん

佐伯 それから、生活の場である吹上苑では、病院と比べてゆっくりと時間が流れているような気がします。時間に追われて次々と業務をこなしていくのではなく、利用者一人ひとりの顔を見ながらケアができるのはうれしいし、楽しいですね。

 病院にいた頃は医師の指示を仰いで行動するのが当たり前でしたが、ここでは医師が常駐ではないこともあり、自分で判断して動く機会が増えました。医療施設への搬送が必要かどうかの判断も基本的には看護職がするため、以前よりアセスメント能力が養われたかもしれません。

どんな方が介護施設に向いていると思いますか。

小林 まずは看護職として様々な科を経験していた方が有利ですね。特に急性期の経験があることで、急変時の判断力や対応力が違ってくると思います。現在、吹上苑には耳鼻科、眼科、婦人科、整形外科などの看護経験者がいて、それぞれ専門性を発揮しながら活躍しています。

小倉 看護職の性格としては、どちらかというとおっとりしている人が多いですね。利用者が落ち着かなく感じてしまうので、看護職がぴりぴり、せかせかしているのはよくないですし。慌てず騒がずじっくり利用者とお話をして、それまでの人生に裏付けられた思いや考え方を看護の視点から丁寧に聞き取り、ケアにつなげていく能力が必要だと思っています。

佐伯 病院では業務の組み立てを考え、それに追われていました。ここでは、何か困ったこと、看護の目が必要なことがあったら出て行く、家庭と同じ様な生活の中で、できる限りの処置をする。黒子のような存在だと思っています。

 その人が生涯を閉じるまで、できるだけ安楽に過ごしていただけるように力を尽くすのが特養で働く看護職の使命です。「亡くなったときは、そのお顔が穏やかな様子であるように……」と願いながら日々仕事をしています。

小林 そのためにも、ご本人やご家族はもちろん、多職種とのコミュニケーションを大切にしながら、ベストのケアを模索していきたいと思います。「べき論」で自分の考えを押し付けるのではなく、あくまでも利用者ありきで、柔軟に対応できることが重要です。思考停止せず、いつも「利用者はどうしたいだろう」と考え続けられる看護職でありたいですね。

星さんがいつも身につけている七つ道具
特別養護老人ホームにおける看護職員の働き方
「特別養護老人ホーム・介護老人保健施設における看護職員実態調査報告書」より

 日本看護協会では、全国の介護施設で働く看護職員の業務内容と労働環境を把握するために、2015年9月に調査を行っています。特別養護老人ホーム428施設、勤務する看護職536人から得られた回答結果の一部を紹介します。

・看護職員の前職  前の職場は「病院・診療所」が60.8%、「他の介護・福祉系の施設やサービス」が22.0%でした。

・入職動機  現職場への入職動機は、「通勤が便利だから」の40.7%を筆頭に、「介護施設の看護に興味があったから」40.3%、「夜間勤務が少ないと思ったから」(28.2%)、「自分の知識や技術が生かせるから」(24.6%)などとなっています(複数回答)。

・看護職の重要な業務  施設での看護職の役割として重要な業務と考えるものを21項目から5つまで選んでもらったところ、「健康管理・健康状態のチェック」77.8%、「急変時の対応」64.6%、「服薬介助・服薬管理」56.2%、「診療の補助・日常的な医療処置」52.2%、「看取りの対応」40.7%でした。

看護職の役割として重要な業務(5つまで選択)

・夜間勤務体制  看護職員の夜間勤務体制については、91.6%の施設が「オンコール」で、「常時夜勤体制」は3.3%、「当直制」は1.6%でした。

・医療ニーズのある利用者の受け入れ体制  医療処置が必要な入所者の受け入れ実績を施設に聞いたところ、「褥瘡処置」87.6%、「経管栄養法(胃ろうを含む)」80.6%、「吸引(口腔・鼻腔・気管内のいずれか)」79.7%、「尿道留置カテーテル」79.4%という結果でした。

医療ニーズのある利用者の受け入れ実績

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